「死人の顔を写した」と伝わるいわくつきの能面があります。それが「
蛙が使われる曲は「藤戸」「阿漕」「善知鳥」など、地獄の苦しみを受ける亡者を描いたものが中心です。似た使われ方をする「痩男」と比べると、蛙は髪が濡れ、さらに陰惨さが増しています。水死人が登場する藤戸にはうってつけの能面です。
日氷作とされる能面には、痩男や蛙のほか「景清」「痩女」「龍女」などが残っています。いずれも嫉妬や後悔で苦悶の表情を浮かべているのが特徴で、こうした“痩せた面”を打たせたら天下一品の腕前だったようです。
すぐれた面打ちの総称である「十作」のひとりとされながら(諸説あり)、その特異な作風は後の文学者にも影響を与えました。武田泰淳の「貴族の階段」、杉本苑子の「燐の譜」など、日氷に触発された小説は少なくありません。
また、金剛流に伝わる代表的な女面「孫次郎」は、室町末期に活躍したとされる太夫・金剛右京久次(俗名・孫次郎)が若くして亡くした妻を偲んで打ったと伝わる面で、本面は「ヲモカゲ」と風流な銘がつけられています。
うら若い女性を表す「小面」よりやや年かさの落ち着きある面持ちで、その造作はより人間の造りに近しいとも言われます。孫次郎は、亡霊になっても最愛の人を想う「松風」や「井筒」などで使われることが多いようです。