床と柱、壁と屋根、そして橋。能の舞台は、ひとつのまとまった建築物の要素で構成されているため、観客は無意識に平らな舞台と感じます。ところが、実は微妙な傾斜がかかっています。
本舞台は、観客側に向かって、わずかながら前下がりに傾斜しています。そのため、正面から観た場合、演者のつま先の足運びまでよく見えるなどの効果をもたらします。この傾斜の仕組みは「撥転ばし(撥転がし)」と呼ばれ、太鼓の撥を奥から転がして、前の端まで同じ速さで転ぶような勾配にします。
また橋掛かりは、舞台に向かってわずかに上向きに傾斜してつながっています。演者は、揚げ幕から舞台に向けて歩くとき、つま先にわずかな抵抗感を感じてしっかり進み、逆に退出するときは、すらすら進むことができ、入退出の雰囲気づくりにも効果を現します。橋掛かりのこの傾斜のつけ方は、近世になってからの能舞台の特徴で、昔は逆に幕から舞台面へ下向きの勾配がつけられていたそうです。