能舞台に出入りするには、橋がかり奥の幕口の他に、切戸口(きりどぐち)があります。切戸口は、後座の右奥、橋がかりに対向するところにあり、高さ1メートル強、幅1メートル弱の引き戸です。腰をかがめないとくぐれない戸の外は舞台よりも1段低い控えの間となっています。
地謡方や後見らはここから出入りし、役を演じ終えた演者がここから舞台を退くこともあります。仕舞や舞囃子の演者も基本はここを出入りします。戸の開閉は、通常楽屋のスタッフか、出番ではない演者などが行い、演者自身が切戸にはふれません。鏡板も横羽目板もなかった時代には当然存在しない舞台設備です。切られた武士の役を勤めた演者がここから舞台を退くことから臆病口とも呼ばれ、また観客の目から遠く、目の届きにくいところから「忘れ口」の異名もあります。
実は地謡座奥の壁には「貴人口(きにんぐち)」という第3の出入り口があります。立ったまま通れる開き戸で、昔、位の高い人物が能を演じる際に頭を下げずに舞台に上がれるように設けられたものです。現在の能の演目では使われることはありません。