能は、観阿弥・世阿弥以来、中央権力と結びついて維持・発展してきたともいえる歴史をもちますが、異なった経緯で伝承され続けている能があります。
山形県鶴岡市の「黒川能」は、約500年前から伝わる、黒川の鎮守「春日神社」の神事能です。世阿弥から伝わる猿楽能の流れをくむもので、観世流、宝生流など五流と同様の演目を持ちますが、どの流派にも属さず、五流では滅んでしまった演目や舞の型に古い様式を残しています。たとえば、黒川能の構えは両腕を広げ両手の人差し指を指すという、独特のものですが、これは能が発祥したころの古い型か、あるいは能以前の古い芸能の名残ではないかと言われています。
芸能の担い手は地元の庶民、農民です。春日神社の祭事で行われていた民俗芸能が、歴代の領主に保護され、それに応えるべくレベルが向上し、自主興業が行われるようになり、ひいては近隣地域へも影響を及ぼしました。 黒川能は、1976(昭和51)年5月には国の重要無形民俗文化財に指定されています。