能では、劇の演者以外も舞台に上がります。地謡や囃子、さらに全体のサポートをつとめる後見(トリビア51、91)が、演技を行うシテやワキと舞台上で共存する光景は、能の特色のひとつ。オペラや歌舞伎の伴奏が、オーケストラ・ピットや黒御簾によって観客の視線の外に置かれるのに対し、能では地謡も囃子も丸見えです。
地謡と囃子は演技そのものには参加しません。地謡は舞台の右手(地謡座)に、囃子は後見とともに舞台後方(後座 ※板目が横を向いていることから横板とも)に着座して音楽を担当します。ひと続きの舞台ですが、地謡座と後座は音楽の空間、本舞台は演技の空間というように、実は区別されているのです。
この舞台構造を利用した能独特の演出が「クツロギ」です。シテやワキが地謡座や後座に移動し、観客に背を向けた姿勢をとることで、進行中の場面から一時的に退場することを意味します。こうした約束事を知っていると、能のストーリーを理解する一助となります。