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能楽トリビアTrivia

Question152 “能狂い”の失敗談は?(2018年5月15日追加)

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能は武家のたしなみ。現代でいえばビジネスマンのゴルフのようなもので、戦国時代から江戸時代にかけ、多くの武士が、あるいは社交のため、あるいは純粋な楽しみとして、能の稽古に励みました。中には熱中のあまり、後に「能狂い」と呼ばれた人も少なくありません。

徳川家の剣術指南役で、柳生新蔭流を確立した柳生石舟斎宗矩もそのひとり。同じく大和(奈良県)を本拠地とする能の金春七郎氏勝と親しく、互いに能と剣術を教え合ったようです。宗矩の能への傾倒ぶりは相当なもので、やはり交流のあった沢庵和尚の『不動智神妙録』では、「諸大名のところに押しかけて自分の能を見せるのは、ほとんど病気ですよ」とたしなめられています。謹厳な剣術の達人という宗矩のイメージを覆すエピソードといえます。

このほか同時代人では、織田信長の嫡男・信忠も能にのめりこみ、父から道具をとりあげられたこともあったとか。失敗談ではありませんが、豊臣秀吉は自らの戦功をたたえたオリジナル作品まで残すほど能に耽溺していたことは有名(→ トリビアQ104)ですね。


イラスト:坂木浩子
今までのトリビア

「能楽トリビア」は作成にあたってこちらの文献を参考にしています。


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