能に使われる衣装を、能装束(装束)と呼びます。
代表的なものは、女性役の上着として用いられる「
観阿弥・世阿弥時代の装束は、日常の衣服を用いた質素なものだったといわれますが、将軍家をはじめとした武家や貴族階級がパトロンとなり、褒美として自分たちの衣を与えたことから、しだいに豪華なものが用いられるようになりました。さらに、安土・桃山時代の絢爛豪華な文化の隆盛と相まって、芸術工芸としても優れた作品として重用されるようになったのです。
このようにすぐれた美術作品となった装束は、役柄に対して「リアル」ではありません。たとえば、貧しい漁師や汐くみ女の役でも、その当時の恰好をしているわけではありません。能では、装束を通じて、あくまで様式的に、象徴的に役柄を表現しています。
装束は、次の7つに分類できます。
唐織は、能装束の代表ともいえる、豪華な装束で、主に女性役の上着として用いられます。「唐織」とは、「中国風の織物」の意味で、もとは、蜀江の錦織に倣ったものといわれています。金糸、銀糸を始め、色鮮やかな糸を使って、草花や文様などを浮織にした小袖です。
唐織を「着流し」というスタイルに着付けたものが、能に登場する女性の平均的装いです。「着流し」は、胸元をひろげて前で合わせ、裾をすぼめた逆三角形に着付けるやり方で、洗練された印象を与えます。
能装束は、その役柄をリアルには写し出しませんが、役柄によって取り合わせが決まっており、約束事を知っていれば、性別、年齢、身分、職業、性格といったさまざまな情報を読み取ることができます。
分かりやすい例では、色による決まりごとです。女性の装束では、赤が入っているものを「紅入り」、入らないものを「紅無し」と称しますが、紅入りなら若い女性、紅無しなら中年以降の女性を表します。これは、上衣である唐織だけではなく、鬘の上につける鬘帯から腰帯にまであてはまります。
また、襟や襟の色にも決まりがあります。襟には、白、浅葱、赤、紺、萌、などの色があり、さらに襟の重ね具合によって役の品位の上下が決まります。能では、白が清浄無垢な色として重要視されているので、白襟2枚重ねがもっとも上位となります。
舞台でどの装束を着るかを決めるのは、シテの役割です。能装束では、決まりさえ守れば意匠や色調の組み合わせは自由なので、個性を発揮することができます。