能舞台には写実的な大道具や舞台装置、回り舞台などの仕掛けはありません。唯一の例外が、「作り物」です。
作り物は、大道具の部類に入り、住居、岩、船、床、井戸、台、鐘、柵、戸、墓などを象徴します。ほとんどが曲にとって効果的な装置をシンボリックに表したもので、簡単な構造からなっています。たとえば、家は4本の竹の枠に単純な屋根で象徴されます。また、井戸は、竹の枠の上部に檜の枠をとりつけて表します。
作り物は、簡略化されたシンボルのような存在ですから、作ったり壊したりが簡単にできます。能楽堂には、竹の枠、ボウジ(包帯のようなもの)、造花が常備され、公演の当日にシテ方の内弟子が竹の枠を包帯で巻いて作ります。たいてい1時間以内でできてしまうといわれ、公演終了後には、また解体して元に収めます。
能は、装束、面、拍子方など、ほとんどが貴重な文化財から成っていますが、この作り物だけは、修行の浅い弟子でも手を掛けられるものです。
「道成寺」の鐘は、作り物の中では例外です。ほかの手軽なものとは違い、下部に鉛が入っていて、重さが80kg くらいあります。このように重くしてある理由は、クライマックスの鐘入りの場面で、主役の白拍子が舞台の上方に吊ってある鐘の下に飛び込むときに、鐘の落下速度を安定させ、白拍子の動作とのバランスをよくするためです。
鐘の竹枠は、複雑な構造をしているので、内弟子が当日作れるものではありません。鐘の骨組みは、出来上がった状態で能楽堂に常備されています。内弟子は、その竹の骨組みの外側を絹の幕で覆って鐘を完成させることが仕事になります。これは、1日がかりの大仕事です。
鐘の内部は、主役を務めるものが作ることになっています。これは、「道成寺」が習物でも「奥伝」に属する秘曲で、鐘の内部も秘密になっているからで、限られた人しか内部には入れません。