摂津国・阿倍野の市で酒を売る市人のところに、若い男たちが集まって酒宴を開きます。男たちが白楽天の詩を吟じたりしながら楽しく酒を飲んでいると、一人の男が「松虫(今の鈴虫をさすという)の音に友をしのぶ」と言ったので、市人がそのいわれについて尋ね、男が語りはじめます。昔、阿倍野の原で仲のよい二人の男が歩いていた時、その一人が松虫の鳴く声に心が引かれて、草むらに入っていったまま帰ってきません。心配したもう一人の男が探しに行くと、草の上に臥して亡くなっている友の姿を見つけます。友を土中に埋めた後も、男は松虫の音を聞きながら友をしのび続けているのでした。そのように語ると、男は自分がその友を亡くした男の幽霊であることを明かして消えてしまいます。
市人は所の者に二人の男についてのいわれを聞くと、一晩かけて男を弔います。すると男の幽霊が姿を現し、故事を引きながら友への思いを語って舞を舞います。やがて朝を迎えると幽霊は姿を消し、野原には虫の鳴く声だけが残っているのでした。
本作は、能としては珍しく男性同士の思慕や執心を扱った作品です。『古今和歌集』の仮名序にある「松虫の音に友をしのび」という一節が題材になったとも考えられています。間狂言では、友を亡くした男が後を追って自害したことが語られて、秋の虫が鳴く情趣的な雰囲気の中で、その情念の深さが感じ取れます。
中入りの前に、シテが自身の正体を明かした後に退場することなく、ワキが橋掛りまで行ったシテを呼び戻して、ロンギと呼ばれる対話がはじまるのは珍しい演出で、松虫の音に引かれて戻ってくるシテの姿が象徴的に立ち上がります。後場で舞われる、小気味よくも哀愁のある「
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