源平の戦いに決着がつき、平家一門が滅びた後のこと。平清盛の娘で安徳天皇の母、建礼門院(女院)は、檀ノ浦の戦いに敗れた時、海に身投げしたのですが、源氏の侍に引き上げられて命を長らえ、出家遁世して都の東北にある大原の寂光院に住み、一門の人々を弔い、仏に仕える日々を送っていました。
春がそろそろ終わり、夏を迎えようかという頃、建礼門院の夫、高倉天皇の父親である後白河法皇が、輿に乗って女院を訪ねます。その頃、女院はともに住む大納言の局(つぼね)(女院の弟、重衡の妻)と一緒に、仏前にお供えする樒(しきみ)の木や花、薪、蕨(わらび)などを取りに山に入っていました。
寂光院に着いた法皇の一行は、こちらも女院と共に住む阿波の内侍(後白河法皇の乳母の子)と会い、女院が出かけていることを知り、待っていました。そこへ女院と局が帰ってきます。こうして女院は、法皇と久々の対面を果たしました。女院が、法皇の思いがけない訪問に有難い気持ちを述べると、法皇は、女院が六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの世界)を見たと言われているが、どういうわけか、と問いかけます。女院は、数奇な運命を辿ってきた自分の身の上を語り、平家一門の最期と安徳天皇の入水を涙ながらに語りました。その後、名残り惜しくも別れの時が来て、法皇は輿に乗って都へ帰り、それを見送った女院は、庵室へ静かに入っていきました。
能の大きな魅力の一つである、「語り」に焦点の当たる名作です。登場人物は多く、場面もよく変わりますが、全体的に流れるように淡々と進み、静かさが崩れるようなことはありません。一幅の名画、一巻の絵巻物のように評する人もあり、その静かな情景は極めて印象深いものがあります。その情景に、磨き抜かれた「語り」が重ねられ、幾重にも景色が広がっていきます。
出来れば、古語をよく学び、聴く力をつけた上で、傾聴したい能です。主人公の建礼門院が、どのような運命を辿り、何を見てきたのか。年端もいかない安徳天皇の入水ほか、平家滅亡の最期の時を描く女院の「語り」は、観る人の心に、ただ悲しいとか、寂しいとかの感情だけではない、尽きせぬ陰影深い思いを呼び起こします。
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