平安時代、平家が権力を掌握していた頃、小督局(こごうのつぼね)は、高倉院の寵愛を受けていました。小督は、高倉院の妻、中宮徳子の父である平清盛の権勢を恐れて、身を隠します。高倉院は朝晩に深く嘆き、小督の行方を気にかけていました。小督が嵯峨野に隠棲しているという話を耳にした高倉院は、臣下の源仲国を召し出して、小督の行方を探すように命じます。ちょうど、その日は八月十五夜(旧暦)の日でした。仲国はしばしば、宮廷で小督の琴の音に合わせて、笛を吹いたことがあり、小督の琴の音色を聴き分けることができました。十五夜の明月に誘われて小督が事を弾くに違いないと考えた仲国は、高倉院からいただいた馬を駆り、嵯峨野へ出かけ、琴の音がしないか、訪ね歩きました。
法輪寺のあたりまできた仲国は、琴の音を耳にします。それは小督局が、帝と別れてしまったことを嘆きつつ、その思い出を懐かしみながら弾く「想夫恋」の曲でした。小督の琴の音だと確信した仲国は、その家に入り込み、案内を乞います。いったんは断った小督でしたが、勅命であり、仲国が逢えるまで帰らない決意であることを示したことから、気の毒に思った侍女の仲介により、仲国と対面します。
仲国は小督に高倉院への親書を渡します。小督は、遠くまで自分を探しに来てくれた高倉院への感謝の心を示し、院への手紙を仲国に渡します。帰ろうとする仲国を止めて、酒宴を催し、仲国は男舞を舞います。やがて酒宴は終わり、小督が見送るなかを、仲国は馬に乗って、都へ帰っていくのでした。
帝であった高貴な方と、その寵愛を受けた女性との愛を、忠臣が仲介するという内容の能です。主人公は仲介役の源仲国。貴人の典雅な情緒に彩られた悲恋を陰で支え、美しく輝かせる役割を果たします。
八月十五夜の、秋の明月の鄙びた嵯峨野の情景のなかを、仲国が小督を尋ねて馬を走らせる「駒之段」の謡と舞、小督が中国の故事を引きながら、高倉院への愛を訴えるクセの謡、別れの宴で仲国が舞う男舞などが見どころ、聴きどころです。
小督と仲国が宮廷で琴と笛を共に奏でることがよくあり、仲国は小督の琴の調べを聴き分けられたというエピソード、小督が仲国の訪問に混乱する様子、別れの酒宴で仲国が男舞を舞ったことなどから、二人の間にも恋心があったのではないかとほのめかす人もあります。歴史上では仲国は、実際にはかなり年のいった人だったらしく、高倉院の信頼も非常に篤い武人ですから、これは公式的には当たらないでしょう。しかし高倉院と小督から見れば、仲国は単なる言葉の仲介役を超え、逢うことのできない二人の心、気持ちを結ぶ存在であるように思えます。ある意味で仲国は、実際には登場しない高倉院の分身でもあるのです。だからこそ仲国と小督は、曲のあちこちで心の近さ、親しさを示し、その仲を誤解されるほどの情愛のある行動を表しているのかもしれません。また仲国自身の小督への思いはどうであったのか、も興味深いところです
どのような想像も、演じる人、観る人次第。素直に秋の風情を楽しみながら、物語の情景を描き上げてみてください。
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