都から四国へ旅をしてきた旅僧一行は、讃岐の国に入り、源平の古戦場、八島の浦を訪れます。夕闇迫る頃、一行は、浜の塩焼き小屋の主である老いた漁師の帰途に出会います。一夜の宿を請う旅僧の求めを、老翁は侘び住まいのゆえ、いったん断ります。しかし、一行が都から来たと聞くや、懐かしんで宿を貸してくれました。旅僧に促され、往時の合戦を語り始めた老翁は、義経の勇猛ぶりや錣引き(しころびき)の戦いなどを、見てきたかのように活き活きと描きます。不思議に思った僧が名を尋ねると、老翁は義経の亡霊であることをほのめかし、姿を消しました。
夜半に僧が夢待ちをしていると、鎧兜を纏った義経の亡霊が現れます。義経の亡霊は、八島の合戦で不覚にも弓を流してしまったが、みずからの名を汚すものかと命を惜しまず、敵の眼前に身をさらして取り戻したことを語りました。さらに、修羅道の凄まじい戦いに駆られる様子を見せるうちに夜が明けて、僧の夢は覚め、白波、鴎の声、浦吹く風に化して亡霊は消えていきました。
史上に人気の高い義経が主人公で、死後に修羅道に堕ちた武将として現れます。修羅道は仏教の六道輪廻の宇宙観で、絶えず戦いや争いが行われる世界とされています。生前に戦をした者が死後に堕ち、常に戦いを強いられる苦しみを受けるといわれてきました。「八島」は、勇猛で生々しい戦いの様子を描きつつも、それを春の長閑な一夜の美しい景色、宵闇の朧月から冴えわたる晴天の暁方まで移り行く時のなかに含ませて、情景がくっきりと際立つ物語に仕立てられています。
この曲は、主人公が勝利の戦いを表し、勇敢さ、強さ、厳しさに貫かれる勝修羅(物)と呼ばれる種類の能です。そこに、名のために身命を賭す侍の心意気など多彩な情緒が絡み、独特の雰囲気が醸し出されます。
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