紀伊の国、道成寺では、春爛漫のある日、再興した釣り鐘の供養が行われることになりました。住職は、訳あって女性が来ても絶対に入れてはならぬ、とお触れを出しますが、一人の白拍子の女が供養の舞を舞わせてほしいと寺男(能力〔のうりき〕)に頼み込み、供養の場に入り込みます。
女は独特の拍子を踏み、舞いながら鐘に近づき、ついに鐘を落としてその中に入ってしまいました。
ことの次第を聞いた住職は、道成寺にまつわる恐ろしい物語を語り始めます。それは、昔、真砂(まなご)の荘司(しょうじ)の娘が、毎年訪れていた山伏に裏切られたと思い込み、毒蛇となって、道成寺の鐘に隠れた男を、恨みの炎で鐘もろとも焼き殺してしまったというものでした。
女の執念が未だにあることを知った僧達は、祈祷し、鐘を引き上げることが出来ましたが、鐘の中からは蛇体に変身した女が現れます。争いの末、毒蛇は鐘を焼くはずが、その炎でわが身を焼き、日高川の底深く姿を消していくのでした。
道成寺は、能のなかでも大曲のひとつです。
この曲の見せ場のひとつである乱拍子(らんびょうし)は、シテと小鼓で演じられ、15分ほども両者の息使いだけで間を合わせ、続けていく難所です。この場では、小鼓はシテに向かい合うように座り直し、集中した世界を創っていきます。他に、特殊で華やかな囃子の手も多く、道成寺ならではの見せ場がたくさんあります。
最大の山場ともいえる鐘入りは、落ちてくる鐘に、シテが飛び込む大変危険な演技です。鐘はとても重く、タイミングが合わないと、大きなケガを負い、死に至るような危険もはらんでいます。鐘入りで鐘の綱を手放す「鐘後見(かねこうけん)」は、シテに次いで重い役割といえ、力量のあるベテランが務めることになっています。
後場への面・装束の付け替えは、シテが鐘の中で、たったひとりで行います。後見なく、ひとりで装束替えを行うものは、現存する曲では道成寺ただひとつです。そのほか、シテは、鐘の中で、地謡に合わせて鐘を揺らす、鐃鈸(にょうばち)を鳴らすといった特殊効果を務めなければなりません。
「道成寺」は、鐘にまつわる物語であり、始め鐘後見によって鐘が吊り上げられ、曲中、鐘入りがあり、また鐘楼へ戻るといった具合に、ある意味、鐘が主役を担っています。一般に、舞台を水平に使う能の中で、「道成寺」は、空間の垂直性に目を向けた、新たな試みともいえるのです。
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