曽我十郎祐成、五郎時致の兄弟は、父の仇である工藤祐経を狙い、源頼朝の催す富士の巻狩※に参加しようとしていました。この時、工藤祐経は頼朝の家来として鎌倉幕府の要職にあり、巻狩に同行していたのです。
曽我兄弟は、従者の団三郎、鬼王とともに富士裾野に到着します。十郎は、弟の五郎と相談して、今夜、祐経を夜討ちにかけようと決めました。死を覚悟した二人の心残りは、曽我の里に残してきた母のことでした。自分たちの死後の母の嘆きを思って、兄弟は話し合い、従者二人に形見の品を持たせて、曽我の里に帰そうとします。曽我兄弟は、従者二人を呼び、帰るように告げるのですが、従者二人は、仇討ちを助け、真っ先に死ぬ覚悟であることを示します。しかし曽我兄弟が帰郷を厳しく命じたため、進退きわまった従者は、互いに刺し違えて死のうとします。驚いた曽我兄弟は二人を止め、改めて曽我の里の母に形見を届けることの大切さと君臣の道を説き、言うことを聞かなければ、後の世まで勘当すると告げました。そこまで言われると、従者二人も従わざるを得ません。十郎から手紙を、五郎から守(もり)を託された団三郎、鬼王は泣く泣く曽我兄弟と別れ、曽我の里へ向かいました。
曽我兄弟はその夜、工藤祐経を襲い、仇討ちの本懐を遂げました。その後、二人は頼朝の家来と戦い、十郎は討ち死にしてしまいます。残された五郎はなおも奮戦し、古屋五郎を倒しますが、女装した御所五郎丸に組み敷かれ、捕縛されます。
※巻狩:大勢の従者によって追い込まれた獲物を、武士が射る狩。
曽我物と呼ばれる、「○○曽我」という名を冠する曲の一つです。曽我物は、曽我兄弟が実父の仇討ちを行う物語を、さまざまな観点から描き出しています。
夜討曽我では、曽我兄弟が仇討ちを実行する前後の話を、取り上げています。前場は、曽我兄弟が、仇討ち直前に、二人の従者を曽我の里に帰す話で、主従それぞれの行動と心の機微を、抑制された所作と謡とで、さらりとしながら人情味を欠かさずに描き出しています。後場では、すでに仇討ちが終わった設定で始まり、五郎と頼朝の家来衆だけが登場し、その五郎が、十郎が討たれたと知って嘆いた後、激しく戦う様子が描かれます。
仇討ちをそのまま描くことなく、その前後を取り出し、しかも後半は五郎のみの戦いに絞り込んだことにより、前後半それぞれの場面をよりくっきりと表す、メリハリの効いた能に仕上げられています。
「夜討曽我」ではまた、間狂言が前後をつなぐ、重要な役割を果たします。和泉流では通常の場合、早打アイといって、一人または二人の伝令役が登場し、仇討ちの様子を語ります。一方、大蔵流では、大藤内という、工藤祐経の客人が、曽我兄弟の襲撃から大慌てで逃げ出してきた様子を滑稽に表し、緊張の糸の張りつめた全編に、笑いと寛ぎをもたらします。これは和泉流でも小書(特殊演出)の「大藤内」として演じられます。
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