古代中国、周の穆王の時代のこと。宮殿で祝賀の楽しみに興じているところに、一人の若い女が現れます。女は、手に桃の花が咲いた枝を持っていました。この花は、三千年に一度だけ咲くという桃で、帝王の威徳により、時機を得て今咲いたのだと女は言い、この花を帝王に捧げました。帝王は、伝え聞く西王母の庭園の桃かと女に問いますが、女は答えず「桃花物言わず、幾年か過ぎた」「三千年ごとに実るという桃が、今年は花開く春に巡り逢った」という古歌を引き、帝王の治世を讃えます。その後、女は、西王母の化身であると明かし、後で真の姿となって桃の実を捧げましょうと帝王に約束して天に去ります。
王が、管弦の催しを開いて西王母を待っていると、西王母が天女の姿で現れました。西王母は侍女に持たせていた桃の実を帝王に献上します。喜びの酒宴が始まり、人も花も酔うなかで、西王母は軽やかに舞を舞い、御代を寿ぎながら、春風に乗って、孔雀や鳳凰とともに天へ上がり、消えていきました。
古代中国の西王母伝説をもとにした脇能です。三千年に一度花が開き、実を結ぶという西王母の庭園の桃の木を物語の柱に据えて、祝賀の雰囲気に満ちた、めでたく颯爽とした能に仕上げてあります。
前場、後場のそれぞれに見せ場が設けられ、観る人が浮世離れした世界に軽々と入っていけるようしつらえてあります。前場では、謡によって、泰平の御代の宮殿の情景が描き出される中、桃のやさしい香りを運ぶかのように一人の若い女が登場し、その香気を含んだまま、静かに物語が進行していきます。後場では、孔雀や鳳凰が飛びまわる春の華やかな情景の中に、颯爽と西王母が登場し、異界の舞を披露し、曲水の宴の風情をもたらします。
現代の世界からかけ離れて、このような古代中国の、神話と伝説の融合した世界に浸れるのも、能の大きな楽しみです。
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