信濃国の安田庄司友治(友春)に仕えていた小沢刑部友房は、都にいる間に、主君の友治(友春)が亡くなったことを知ります。友治(友春)は、同国の(従弟の)望月秋長と口論になった結果、秋長から討ち取られてしまったのです。友房は、望月の息のかかった者が、自分の命を狙っているのを伝え聞き、宿場町である守山の宿に入り込み、甲屋(かぶとや)という宿の主人になり、日々を送っていました。
一方、安田庄司友治(友春)の妻と子の花若は、故郷を追われて放浪の身となっていました。ある日、二人は守山の宿にたどり着き、たまたま甲屋に泊まります。友房は、二人が今は亡き主人、友治(友春)の妻子であることに気づき、名乗りを上げて、二人と再会を喜び合います。
ちょうどその時、都での用事をすませた望月秋長の一行が、守山宿を訪れ、甲屋に泊まることになります。友房は、敵の望月が自分の宿に来たことを知って驚き、天の与えた機会と思い、友治(友春)の妻子に告げて、仇討ちの計画を練ります。友房は、友治(友春)の妻子を盲目の女芸人の一行に仕立て上げ、望月のいる座敷に上げ、自分は酒を持って宴を囲むと見せかけて、望月に近づきます。
友治(友春)の妻が謡い、花若が鞨鼓を舞い、友房が獅子を舞うなどして芸を尽し、酒を飲ませて望月の油断を誘います。友房は、酔いもまわって眠気がさした様子の望月を襲い、花若とともに斬り伏せて、仇討ちの本望を遂げます。
「望月」は、「夜討曽我」「小袖曽我」などの曽我物、「放下僧」といった仇討ちをテーマにした曲の一つです。主人公は小沢刑部友房という人で、曲名の「望月」は、友房の主人を討ち果たした敵の人物の名前です。友房が営む甲屋という宿屋を舞台に、主人の妻子に再会した友房が協力して仇討ちを果たすというストーリーで、主従の絆を強調した教訓的な内容となっています。
一方で、この曲は芸尽し物でもあります。望月を油断させるために、主人の妻子は盲目の女芸人一行に扮して謡い舞う芸を見せ、また主人公の友房も、秘曲の「獅子」の舞を舞うなど、大変に芸達者なところを見せます。仇討ちに至るまでのハラハラドキドキするような場面展開と、それをうまく盛り上げる謡や舞の数々とがうまくかみ合って、その時々のアクションを見て楽しめる能です。夢幻能とはまったく違う、活劇的な面白さがあり、能の表現の幅の広さを感じられます。
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