西国の僧が都行く途中、摂津の国、生田川のあたりに着きます。そこで咲き誇る梅に気づき、僧が眺めていたところ、一人の男が通りかかります。旅僧が男に、梅の名を尋ねると、男は「箙(えびら)の梅」と呼ばれていると答えます。なおも旅僧は箙の梅の名の由来を尋ねます。すると男は、昔、生田川周辺で源平の合戦があり、梶原源太景李(かじわらのげんだかげすえ)が梅花の枝を箙(えびら)[矢を入れて携帯する道具]に挿して奮戦した、それが由来だと教え、源平の合戦の様子をつぶさに語り始めます。やがて夕刻になり、僧が一夜の宿を請うと、男は景李の亡霊であると正体を明かし、花の木陰に宿をとるようにと言い、消えます。
夜半に僧が梅の木陰で休んでいると、箙に梅を挿した若武者が現れます。僧が誰かと問うと景李の霊だと答えます。景李の霊は、修羅道の戦いに駆られる様子を見せます。なおも一の谷の合戦で箙に梅の枝を挿し、先駆けの功名を得ようと、敵に向かい、秘術を尽くして戦う場面を見せるうちに夜が明けます。僧の夢の中、景李の霊は暇を告げ、供養を頼んで消えていきます。
「八島」「田村」とともに、勝修羅物と呼ばれる能です。物語は源平が覇権を合い争った平安時代の末期のこと。主人公の梶原源太景李は源氏方の武将で、源頼朝に重用された梶原平三景時の嫡男です。多くの合戦で、若武者ながら父ともども奮戦し、武名を上げています。その一つ、一の谷の合戦で、生田川付近で戦った景李が、色の異なる花をつけた梅の枝を箙に挿したというエピソードが物語のもとになっています。
みずみずしい若武者と盛りの花をつけた梅の枝。その取り合わせは、血みどろの陰惨な戦闘の場であるからこそ、際立って美しく輝く美を感じさせます。昔の侍はただ、戦闘に没頭する武骨なだけの存在ではありません。和歌や管弦に秀でる者もあり、風雅な心を解し、美への感受性も高かったようです。もちろん粗野な者たちもいたでしょうが、武将の位にある者たちは、深い教養と独特の美学を持っていました。この能でも、そういった侍の美学が陰影深く描写されています。
また一方で、歴史に残る合戦の、勇猛で苛烈な戦闘シーンの描写もあり、全体的に生き生きとした躍動感を楽しめる曲です。
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