熊野から京都をめざしていた旅の僧が、摂津国芦屋の里(今の兵庫県芦屋市あたり)に着き、里人に宿泊先を求めますが断られます。僧は、里人から紹介された川沿いの御堂に泊まることにしました。夜半、そこに埋もれ木のような舟が一艘漕ぎ寄せ、姿の定まらない怪しげな舟人が現れ、僧と言葉を交わします。はじめ正体を明かさなかった舟人も、「人間ではないだろう、名は?」と問いかける僧に、自分は怪物・鵺の亡霊であると明かします。そして、近衛天皇の御代(在位1142年〜1155年)に、天皇を病魔に陥らせたところ、源頼政(源三位頼政[げんざんみよりまさ]と呼ばれた弓の達人)に射抜かれ、退治された、という顛末を語り、僧に回向を頼んで夜の波間に消えていきました。
しばらくして、様子を見にきた里人は、改めて頼政の鵺退治の話を語り、退治されて淀川に流された鵺がしばらくこの地に滞留していたと僧に伝えます。話を聞いた僧が読経して鵺を弔っていると、鵺の亡霊がもとのかたちで姿を現します。鵺の亡霊は、頼政は鵺退治で名を上げ、帝より獅子王の名を持つ名剣を賜ったが、自分はうつほ舟(木をくり抜いて造る丸木舟のこと)に押し込められ、暗い水底に流されたと語ります。そして、山の端にかかる月のように我が身を照らし救い給え、と願いながら、月とともに闇へと沈んでいくのでした。
鵺とは、現実にはトラツグミという鳥のことを指します。能に出てくる鵺は、頭は猿、手足は虎、尻尾は蛇(平家物語では胴体が狸)という妖怪で、鳴く声がトラツグミに似ているから鵺と呼ばれたといいます。西洋で言えばギリシア神話にでてくるキマイラ、現代SF小説なら遺伝子操作で生まれたモンスターという位置づけでしょう。
こうした化け物退治では、退治する勇者を持ち上げて、めでたし、めでたしで終わるほうが一般受けもよいし、好まれるように思われます。しかし能ではしばしば、戦記物、化け物退治の物語などをベースに、敗者、退治される者を主人公にして、滅ぼされる側の視点を描き、その悲哀を通して人間世界の影、人生の暗い側面を突きつけることがあります。
能の「鵺」では、鵺という化け物の亡霊が主人公になり、救いのない滅びへ至る運命を切々と語ります。勇者・源頼政に退治され、淀川に流されて、暗渠に沈められた鵺が、山の端の月に闇を照らせよと願いを込める最後のシーンが印象的です。月とともに沈んだ鵺に救済は訪れたのでしょうか。
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