藤原不比等[淡海公]の子、房前(ふさざき)の大臣は、亡母を追善しようと、讃岐の国[香川県]志度(しど)の浦を訪れます。
志度の浦で大臣一行は、ひとりの女の海人に出会いました。一行としばし問答した後、海人は従者から海に入って海松布(みるめ)を刈るよう頼まれ、そこから思い出したように、かつてこの浦であった出来事を語り始めます。淡海公の妹君が唐帝の后になったことから贈られた面向不背(めんこうふはい)の玉が龍宮に奪われ、それを取り返すために淡海公が身分を隠してこの浦に住んだこと、淡海公と結ばれた海人が一人の男子をもうけたこと、そして子を淡海公の世継ぎにするため、自らの命を投げ打って玉を取り返したこと……。語りつつ、玉取りの様子を真似て見せた海人は、ついに自分こそが房前の大臣の母であると名乗り、涙のうちに房前の大臣に手紙を渡し、海中に姿を消しました。
房前の大臣は手紙を開き、冥界で助けを求める母の願いを知り、志度寺にて十三回忌の追善供養を執り行います。法華経を読誦しているうちに龍女(りゅうにょ)となった母が現れ、さわやかに舞い、仏縁を得た喜びを表します。
この作品の山場は、何と言っても海人が龍宮から珠を奪い返す様子を見せる場面でしょう。「玉の段」の名を持って特別視され、謡どころ、舞どころとして知られています。一振りの剣を持って籠宮のなかに飛び入り、八大龍王らに守られた玉塔から宝珠を取り、乳房の下を掻き切って押し込める。死人を忌避する籠宮のならいにより、周囲には悪龍も近づかない。そして命綱を引く……。子のため、使命のために自らの命を投げ出す一人の海人の気迫が、特別な謡と型を伴い、ドラマチックに表現されていくのです。この場面を見せるために、一曲ができているのではないかという印象すら覚えます。
親子の死別という、悲しい結末の重苦しさは、後場の短くテンポのよい展開で雰囲気を変えられ、最終的には明るく、仏法の功徳につながります。一曲の盛り上がりを大切にして、巧妙に練り上げられています。
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