旧暦9月の、紅葉が美しいとある山中にて。
高貴な風情をした女が、侍女を連れて、山の紅葉を愛でようと幕を打ち廻らして、宴を催していました。その酒席に、鹿狩りの途中であった平維茂(たいらのこれもち)の一行が通りかかります。維茂は、道を避けようとしますが、気づいた女たちに「是非ご一緒に」と誘われるまま、宴に加わります。高貴な風情の女はこの世の者とは思えぬ美しさ。酒を勧められ、つい気を許した維茂は酔いつぶれ、眠ってしまいます。それを見届けた女たちは、いずこにか姿を消してしまいます。
ちょうどそのころ、八幡大菩薩の眷属(けんぞく)、武内の神が先の山(実は信濃国戸隠山)への道を急いでいました。維茂を篭絡(ろうらく)した女は、戸隠山の鬼神だったのです。武内の神は、維茂の夢に現れてそのことを告げ、八幡大菩薩からの下された神剣を維茂に授けました。さて、夢から覚めた維茂の目の前には、鬼女が姿を現し、襲いかかってきます。維茂は勇敢に立ち向かい、激しい戦いの末に、みごとに神剣で鬼女を退治しました。
「紅葉狩」は、物語が進むにつれて、状況が明らかになるという筋立てで、意外性に富んだスペクタクルな能の一つです。始めに、上臈(じょうろう:高貴な身分の女性)が現れ紅葉狩りに山に来たことを告げますが、この時点では、ここが戸隠山なのも、これが鬼神の罠なのもわからないようになっています。ワキが勇名をとどろかす「平維茂」であることですら、前場のワキツレとオモアイの問答で明かされます。そして観客は、中入りで、アイ・武内の神の説明によって、初めてここが戸隠山であり、前場が本当はどういう状況だったのかを知るのです。このアイの登場で、太刀が与えられないと、鹿狩りの格好で登場した維茂の武装も完成しないため、後場で鬼神と戦うには不十分なのです。
このように、物語の随所に種明かしの驚きを盛り込みながら、前場で上臈の華やかで妖艶な世界を描き、後場では維茂と鬼神の壮絶な戦いを現して、異なる世界に転回して観客をぐいぐいと引き込んでいく展開が、この作品の魅力と言えるでしょう。
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