ある秋の日、諸国を旅する僧が、初瀬参りへの途中に在原業平(ありわらのなりひら)建立と伝えられる大和の国の在原(ありわら)寺に立ち寄りました。
僧が在原業平とその妻の冥福を祈っていると、仏にたむける花水を持った里の女が現れます。女は、僧の問いに、在原業平と紀有常(きのありつね)の娘の恋物語を語ります。幼い頃、井戸で背比べをした2人は、成人して歌を詠み交わして結ばれたのです。女は自分がその有常の娘であると告げて、古塚の蔭に姿を消します。僧が不思議に思っていると、里人が現れ業平とその妻の話を語り、井筒の女の化身を弔うよう勧めます。
夜も更ける頃、僧が仮寝をしていると、夢の中に井筒の女の霊が現れます。夢の中の女は、業平の形見の冠(かんむり)・直衣(のうし)を身に付け、業平を恋い慕いながら舞い、さらには、井戸の水に自らの姿を映し、そこに業平の面影を見るのでした。
やがて夜が明け、井筒の女は姿を消し、僧も夢から覚めました。
世阿弥も「上花也」〔最高級の作品〕と自賛する、夢幻能の傑作です。
伊勢物語の第二十三段「筒井筒」を軸とし、ここに登場する男女を、在原業平と紀有常の娘と解釈しています。待つ女である井筒の女(=有恒の娘)が、業平の形見を着て井戸に身を映し、昔を回想するという幻想的な能で、すすきをつけた井戸の作り物が、秋の寂寥感を際立たせます。
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