幼い頃から能に接していたり、あるいは大人になってから能に魅せられたり、と、十人十色の能とのご縁。
さまざまなジャンルの著名人たちが能との関わりや魅力を綴るエッセイ「わたしと能」。
|
絵:タケウマ |
始まりは父からの「お能を見る?」というメールだった。
思い返して見れば、能・狂言を見たのは、小学生の時の社会科見学が最初であり、最後だ。
歌舞伎と文楽は見に行ったことが何度かある。
歌舞伎は、歌舞伎好きな知人に連れられて。
文楽はやはり小学生の時、父とお弁当を持って通しを見に行った。
どちらもそれなりに面白かった。その時の絵は、頭の中にしっかり残っている。
ただ、能の記憶だけがない。小学生の私にとって、能はあまりにもストイックすぎたのかもしれない。
不思議な舞台の上で繰り広げられる、不思議な人たちによる不思議な物語は、子供心に「こういう世界もあるんだ、でもよくわからない」という感想を残しただけだった。
それ以来、自発的に、能・狂言を見に行ったことはない。
ただ、それが今の日本の、私の世代の大多数だと思う。
今回、能について書いてみないか、というお話をいただいたとき、真っ先に思ったのは、そんな私で良いのか、という躊躇いだった。
しばらく考えて、そんな私だから書けるものを書こう、という気になった。
私と同じ、能を見たことがない、興味はあるが自発的には見に行かない、という方々が、能楽堂に足を運んでくれるきっかけになれば嬉しい。
用意していただいたチケットは、狂言・附子、能・景清※。
「附子」は、小学生の時に見た演目でもある。それ以来、止まっている私にとっては、同じ演目で再スタートは少し因縁めいて面白い。
能楽堂に足を運ぶに当たって、景清に関しては一通り、インターネットで調べてみた。詞章から現代語訳、来歴、見所まで、今は何でも出てくる。
まずは「附子」。
あぁ、こんなにストレートに面白いものなんだ。声を出して笑った。
目の前に字幕で解説がでるモニターはあるものの、なくても十二分にわかる。
私が見たときは、大柄でどっしり、おおらかな太郎冠者、小柄で細身、はしっこい次郎冠者の対比がとても良かった。
かぶせる笑いの妙、コミカルな身振り手振り、洒脱なせりふ回し、けして媚びない笑いの品の良さ。
ちなみに、太郎次郎が、レモン色のそれはそれは可愛らしい足袋をはいてらした。とてもおしゃれで、印象に残っている。
※ 2010年9月1日(水)、東京の国立能楽堂で行われた定例公演「附子 景清」
休憩を挟んで、「景清」。
下調べはしていったものの、始まった瞬間に「これは狂言より格段に難易度があがった」ぞ、と内心冷や汗をかいた。
静かな始まり。
ベルが鳴るわけでもない。
幕が上がるわけでもない。
ある時、水面に波紋が広がっていくように、すうっと空気が変わる。
空気を切る笛の音、そこに重なる硬質な大鼓、柔らかな小鼓の音、厚みのある地謡。
見続けていくうちに、どんどんと引き込まれていく。
零落し、視力を失い、己一人の力では生きていくことができなくなったかつての豪将、悪七部衛景清。
自分を訪ねてきた娘に、落ちぶれた姿を見られまいと「そのような者は知らない」と答える矜持。
里人に「あなたが景清でしょう、娘さんを連れてきた」と言われ、一瞬激高するも、すぐに「人の情けにすがって生きている身。世話をしてくれる者がいなくなったら、どうしようもない。申し訳なかった」とぎくしゃくと頭を下げる。
子を思う親の、親を思う子のすれ違い。
今生に別れを告げようとする一人の老人の生きざま。
最後にそれまで手を添えていた娘の背を、ぐっと押し、橋がかりへと押し出す。
その所作のひとつひとつ、魂から吐き出す言葉に、心を絞られるようで、気がついたら泣いていた。
とてもシンプルな演目である。
どちらかといえば、渋い。
それだからこそ、あらゆるものをそぎ落とし、何もなくなったところに見えてくる人の本質が際だつ。
そこにあるのは作られたリアリティではなく、リアルだ。
能を見てよかった、と思う。
今見なければ、今後見ることはなかったかもしれない。
今見ておけば、年を重ね、人の心の機微がわかるようになった時に、極上の楽しみを手に入れることができる。
例えるなら、今のうちに美味しいお酒をしこんでおくようなもの。
もしくは、実のなる苗木を植えておくような。
一年に一回でも、二年に一回でも、五年に一回でもかまわない。能を見る、ということを、特別なものではなく、人生の習慣にできれば。
この静謐さに戻って来たくなる瞬間が、きっとあるはずだ。
(2010年10月)
|
池澤春菜 プロフィール
ギリシャ・アテネ生まれ。95年、愛天使伝説ウェディングピーチ (アニメ)声優としてデビュー。現在は声優、女優として活動を続ける他、雑誌「Mac Fan」の「池澤春菜の天声姫語」や、「本の雑誌」の「乙女の読書道」「S-Fマガジン」の「SFのSは、ステキのS」などの連載をはじめ、執筆活動も展開中。父は作家の池澤夏樹。
http://haluna7.chu.jp/ |
ページトップ ▲ |免責事項|お問い合わせ|リンク許可|運営会社|
Copyright©
2024
CaliberCast, Ltd All right reserved.
|