観世流・金春流・金剛流・喜多流では「鳥追舟」、宝生流では「鳥追」と呼ばれる。
九州薩摩国
一方、訴訟を無事に終えて郷里に帰って来た日暮某は、鳥追舟の様子を眺めてから家に行くことにしました。折しも舟の上では、嘆く母子に、左近の尉が早く鳥を追うように急き立てていました。母子は鳥を追い始め、特に妻は飛び去る鳥の姿に、離れ離れの夫婦の姿を重ねながら、鳥を追い立てました。やがて鳥がいなくなった頃、日暮某が声をかけ、左近の尉は主君を見て舟を寄せ、畏まります。日暮某は鳥追いをしていたのが自分の妻子と知って憤り、左近の尉を討とうとします。すると日暮某の妻が止め、ことの発端は日暮某が十数年も留守にしたことだと諫めます。左近の尉は許され、花若は後に家督を継ぎ、日暮家は子々孫々まで繫栄しました。
鹿児島県の川内地方に伝わる鳥追伝説と所縁があると思われる、人情物の一作です。地元の伝説は、親子別れの重い悲劇(日暮某の妻は、左近の尉の謀略により離縁され、後妻が入り、二人の子どもは川を挟んでしか母に会えず、鳥追の仕事に使役され、後に絶望して川に身を投げる)ですが、能はハッピーエンドで終わる、起伏あるドラマチックなストーリーとなっています。シテである日暮某の妻の嘆き悲しみ、花若への思いやり、夫への凛とした態度ほか、彼女の心象や行動の、めりはりを利かせた描写が軸となり、そこに鳥追舟という、芸能の要素のある風習を重ねて、風雅な趣きをも醸しています。みどころは多々ありますが、なかでも左近の尉と日暮某の妻のやりとりの場面、妻の思いを追いながら鳥追いの様子を見せる場面、左近の尉を斬ろうとする夫を妻が諫める場面が挙げられます。おのおの背景があるとはいえ、身勝手な行動に走りがちな男たちと比べて、妻の道理を弁えた、愛情深く、気丈な振る舞いが印象的です。
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